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山口地方裁判所 昭和53年(ワ)103号 判決

原告

山本宏

原告

平川正

原告

富本利治

原告

吉牟田勲

原告

星野和人

原告

植木茂

原告

中村久恒

右原告ら訴訟代理人

桂秀次郎

本田兆司

被告

中国電力株式会社

右代表者

山根寛作

右訴訟代理人

塚田守男

江島晴夫

末国陽夫

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五三年四月一二日に原告らに対してなした別紙目録(一)記載の各懲戒処分がいずれも無効であることを確認する。

2  被告は、原告山本宏に対し六九万八二一六円、同平川正に対し五四万七〇一円、同富本利治に対し三〇万円、同吉牟田勲に対し三〇万三四六三円、同星野和人に対し五六万一八二〇円、同植木茂に対し三〇万三五九二円、同中村久恒に対し三〇万四一〇七円及びこれらに対する昭和五三年六月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、中国地方において電力の発電・供給を主事業として肩書地に本店、山口市中央二丁目三番一号に山口支店、他四県に支店営業所等を置く株式会社である。

(二) 原告山本宏(以下原告山本という)は被告に昭和三一年四月一日入社し、現在山口支店電力担当、同平川正(以下原告平川という)は同二四年一〇月五日入社し、現在山口支店防府営業所配電課、同富本利治(以下原告富本という)は同四〇年四月一日入社し、現在山口支店徳山電力所送電課、同吉牟田勲(以下原告吉牟田という)は同三二年四月一日入社し、現在山口支店柳井営業所配電課、同星野和人(以下原告星野という)は同二七年九月八日入社し、現在小野田発電所電気課、同植木茂(以下原告植木という)は同二二年一〇月一二日入社し、現在小野田発電所機械課、同中村久恒(以下原告中村という)は同二七年五月一日入社し、現在山口支店長門営業所配電課にそれぞれ勤務する者である。

原告らはいずれも日本電気産業労働組合(以下電産労組という)山口県支部(以下山口県支部という)に所属する組合員であり、原告山本は山口県支部委員長、同平川は同支部副委員長・防府分会委員長、同富本は同支部書記長、同吉牟田は同支部柳井分会書記長、同星野は同支部副委員長、小野田分会委員長、同植木は同支部小野田分会執行委員(昭和五三年四月一二日当時小野田分会副委員長)、同中村は同支部長門分会委員長(同当時長門分会書記長)の役職にある。

2  懲戒処分

被告は、原告らに就業規則六四条一項三号、四号に該当する事由があつたとして、昭和五三年四月一二日、原告らに対し、別紙目録(一)記載の各懲戒処分(以下本件懲戒処分という)を課し、原告山本につき二ヵ月分の賃金三九万八二一六円を、同平川につき一ヵ月分の賃金二四万七〇一円を、同星野につき一ヵ月分の賃金二六万一八二〇円を支払わず、また、同吉牟田、同植木、同中村から、それぞれ賃金の半日分に当たる三四六三円、三五九二円、四一〇七円を差し引いた。

3  本件懲戒処分は、後述するとおり、懲戒事由がないのになされたもので、違法かつ無効である。

4  慰藉料

原告らは、被告のなした違法な本件懲戒処分により精神的苦痛を蒙り、これに対する慰藉料は各三〇万円が相当である。

よつて、原告らは、被告に対し、本件懲戒処分の無効確認並びに、原告らへの未払い賃金と慰藉料の合計額の支払い、すなわち原告山本に対し六九万八二一六円、同平川に対し五四万七〇一円、同富本に対し三〇万円、同吉牟田に対し三〇万三四六三円、同星野に対し五六万一八二〇円、同植木に対し三〇万三五九二円、同中村に対し三〇万四一〇七円及びこれらに対する本訴状送達の翌日である昭和五三年六月二一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実を認める。

2  同3、4の各事実を否認する。

三  抗弁

本件懲戒処分は次の理由によつてなされたものであり、適法かつ有効である。

1  本件ビラの発行、配布

原告山本、同星野、同平川、同富本は、別紙(二)記載のビラ(以下本件ビラという)を発行し、昭和五三年三月一一日に、さらに、同月一五日被告から本件ビラを配布しないよう厳重な警告があつたにもかかわらず、同月一八日に、いずれも就業時間外に、職場外であり、被告が昭和五二年六月一三日原発を建設する計画を発表し、以来建設推進運動を進めてきた山口県豊浦郡豊北町一帯の住民に配布させ、同吉牟田、同中村、同植木は、前記のとおり、同月一五日被告から厳重な警告があつたにもかかわらず、同月一八日の就業時間外に、職場外である前記豊北町一帯の住民に本件ビラを配布した。

2  本件ビラの記載内容

本件ビラには次のとおりの記載があるが、いずれも虚偽と悪意に満ちたものである。

(一) 「中国電力の社員も原発に反対しています」「私達中国電力で働く労働者(社員)は、原発を作ることに断乎反対しています」「中国電力としてはたしかに私達のクビを切りたいのです、しかし反対しているのは一人や二人ではありません、何百人、何千人という労働者をクビにしたら大変です」との記載について

右記載はあたかも全社員が原発建設に反対しているかの如き印象を与え、いたずらに地域住民に被告に対する不信と誤解の念をいだかせるものであるが、原発建設に反対しているのは被告の労働組合員のうちのわずか七%にすぎず、全組合の約九三%を占める中国電力労働組合(以下電力労組という)は、原発建設に賛成しているのである。

(二) 「常に放射能がばらまかれる」との記載について

原子力施設周辺の公衆の許容被ばく線量は、法令により年間五〇〇ミリレムと定められているが、軽水形原発では、この値の一〇〇分の一、また自然放射線による被ばく線量の約一〇〇分の五に相当する年間五ミリレムという低い値が、原子力委員会により線量管理目標値として定められている。

島根原発を例にとると、当社が原子炉設置許可申請書に記載し、国から許可を受けている放出量による全身被ばく線量は、前記の線量管理目標値を十分に下回るものである。しかも、昭和五二年度における放出量の計測によれば、気体は全く検出されず、液体も許可を受けている放出量のわずか一〇〇〇分の二以下であり、これは法令で定められた公衆の許容被ばく線量や自然放射線による被ばく線量と比較すると、全く問題にならない数値である。

また、原発の周辺には、数か所に計測装置(モニタリングポスト)を設置し、排出される放射能について常に監視を行なつており、島根原発周辺においても一一か所で計測を行なつたが、周辺の環境には影響がないことが確認されている。

以上のとおりであるから、常に放射能がばらまかれることはありえない。

(三) 「大事故が起こらないという保障がない」との記載について

原子炉では、最悪の事故として、原子炉につながる配管のうち、最大口径の配管が瞬時に破断するという、きわめて苛酷な状態を考えて、非常用炉心冷却装置(ECCS)を設置し、原子炉の安全を確保している。このECCSは複数の系統及び機能のものより構成され、その信頼性の向上と、原子炉の一層の安全性がはかられている。また、原子炉でのこのような最悪の事故は、普通、現実に起こるとは考えられないものであるが、原子炉では、このような厳しい事態を想定してECCSの機能を評価し、安全確保に万全がはかられており、また、ECCSの有効性については、実験あるいは理論的解析により証明されている。

また、島根原発では格納容器の設計圧力は一平方センチメートル当たり三・九四キログラムであり、万一燃料棒の溶解により放射性物質が気化して格納容器中に流出したとしても格納容器は十分この圧力に耐えることができ、放射線物質を閉じ込めることができる。

応力腐蝕割れは、脆性破壊とは異なり極めて緩慢な現象であり、仮に発生してもひびは徐々に進行するので、定期検査時の超音波探傷検査等、あるいは運転中の小漏洩の検出によりひびの初期の段階で確実に検出できる。これにより修復等の措置を講ずることが十分できるので、割れの拡大は阻止される。しかも、応力腐蝕割れは、オーステナイト系ステンレス鋼に発生し、その原因としては、溶接時の残留応力等による過度の引張応力、溶接による材料の組織の変化、配管内水質の腐蝕環境の形式の三条件が重なり合つた場合に、発生しているのであつて、材質の変更、あるいは、右発生原因の除去、もしくは軽減により十分な対策を行ないうる。島根原子力発電所では、運転開始以来、応力腐蝕割れは発生していないが、他の原発での発生事例を考慮のうえ、予防的な対策として炉心スプレイ系配管の材質のステンレスから炭素鋼への変更、および再循環系バイパス配管の撤去を実施し万全を期している。

また、熱サイクル疲労によるひびは、重大事故の原因となる急激な配管破断につながるものではなく、これによる制御棒駆動水戻りノズルのひびは、その部分を削り取ればすむ程度のものであるが、再発防止のためこのノズルの配管を撤去し、制御棒駆動水戻り水を原子炉に戻さないノンリターン方式が採用されるなど、十分な安全対策がなされている。

また、原子炉圧力容器は、機械工学や材料工学等の分野における十分な実績のうえに、中性子照射等原子炉特有の事象に対しても十分余裕のある設計となつており、原子炉圧力容器の脆性破壊が起こる可能性はない。中性子照射による脆化については、監視用試験片による原子炉圧力容器の健全性の確認が可能であり、発電用原子力設備に関する技術基準において、製造時に原子炉圧力容器に使用する鋼材の一部を切り取つたものを監視用試験片として、原子炉圧力容器内に設置し、これを計画的に取り出しては、脆化の状況を監視することが義務づけられており、現に島根原発でも監視用試験片による監視を行なつている。

以上のとおり、原発においては安全性は十分確保されているのであり、決して大事故など起こり得ないのである。

(四) 「漁場が完全に破壊される」との記載について

全国の原発をみても、その周辺海域ではいずれも従来どおり漁業が営まれており、漁場が完全に破壊されるといつた事例はない。

原告らは、原発建設にあたつて、被告が漁業補償金を支払うことをもつて、漁場が完全に破壊されることの根拠になると主張するが、漁業補償の性格はそのようなものではない。発電所を建設するにあたつては、海面の埋立て及び取・放水設備、防波堤等の工作物の設置・保全が必要となり、そのために必要最小限の区域について、漁業権の消滅が必要となる。また、発電所の運転に伴う冷却水の放出により漁業への影響が確実に予測される場合がある。このような漁業権の消滅あるいは冷却水放出の影響に対して「電源開発等に伴う損失補償基準」(三八公第六一三九号、昭和三八年一一月二五日通商産業大臣)に基づき行なつているのがいわゆる漁業補償である。したがつて、漁業補償は原発に限つて行なわれるものではなく、石油・石炭火力発電所などにおいても同様である。また、被告が漁業補償を行なつているのは発電所放水口付近及び放水口前面海域の一部で、しかも、その中で漁業権が消滅しているのは、水温、流速等の影響で操業に支障があると認められる放水口付近のごとく限られた海域と操船に支障のある港湾内の一部であり、漁業補償を行なつたからといつて魚が全くいなくなるというものでない。

以上述べたように漁業補償が行なわれているのは一部海域にすぎないこと、そして温排水が海生生物等に影響を与えるとしても必ずしも悪影響ばかりではなく、逆に温排水の有効利用などといつた側面もあることなどからすれば、「漁場が完全に破壊される」という本件ビラの記述が不当なものであることは明らかであり、特に「島根原発の社員は地元の魚を食べません」などといつた記述と合わせて読めば、この記述が、虚偽と悪意に満ちたものであるといわなければならないことは明らかである。

(五) 「核の軍事利用に道を開く」との記載について

軍事利用に対しては国内的にも国際的にも充分な歯止めがある。すなわち、我国の原子力開発利用は、原子力基本法に基づいて、平和の目的に限り、民主、自主・公開の原則のもとに進められている。また、国際的にも昭和五一年六月に核兵器不拡散条約(NPT)を批准し、平和の目的に限つて原子力開発利用を進めるとのわが国の姿勢を改めて内外に明確に示すとともに、原子力平和利用先進国間会議などの国際的協議にも参加している。

以上述べたように、我国の原子力開発利用は平和目的に限るという姿勢は、国内的にも国際的にも明確にされており、これらの法律や国際的な条約を否定することにつながる原告らの主張は失当である。

(六) 「電気料金が高くなる」との記載について

長期的な石油価格の動向からみても原子力発電によつて電気料金が高くなることは考えられない。原子力発電の経済性についてみると、現状では原子力発電の発電原価は石油火力のそれに比べて低位にあり、電気料金の低位安定に貢献している。すなわち、現在稼働中の島根原発(最大出力四六万キロワット((以下Kwと表示する)))の発電原価と、ほぼ同時期に運転開始した玉島火力発電所三号機(最大出力五〇万Kw)の発電原価を比較してみると、原子力は毎時一Kw当たり五円弱となり、火力の毎時一Kw当たり八円強に対し六割程度になつている。また、発電原価に占める燃料費の割合が、火力発電は六割程度であるのに対し、原子力発電は二割程度にすぎないので、原子力発電は燃料費の高騰による影響が少ないという特徴があり、電気料金の安定化に寄与しているといえる。

今後、新期(ママ)に建設される発電所の発電原価は、物価上昇などによる建設費の動向や燃料価格の推移等の不確定要因が多く、適確に予測することは困難であるが、原子力発電においては、現在発電原価が低位にあることおよび発電原価に占める燃料費の割合が少ないということから、石油火力発電と比べた原子力発電の発電原価の優位性は変らないものと考えられる。

(七) 「大企業に奉仕をし、地域住民や労働者を苦しめるものである」との記載について

電力は大企業のためだけではなく、国民全体にとつて不可欠なものである。家庭用の電燈と産業用の電力(特別高圧)の電気料金を比較して、その差が生じる主な要因をあげると次のようになる。

a 供給電圧による原価負担の差

特別高圧で受電する産業用電力需要家は、発電所・送電線・変電所の設備に関連する原価を負担すればよいのに対し、低圧で受電する電燈需要家はこれらの原価に加え、配電用変電所、高圧配電線、柱上変圧器、低圧配電線の原価を負担する必要がある。

b 使用時間の態様の差

特別高圧で受電する産業用電力需要家は、概ね終日平均的に電気を使用するのに対し、電燈需要家は概ね夕食の準備時から就寝時までの時間帯に使用が多く、その他の時間は比較的少い態様となつており、いわゆる利用効率が低い。

c 輸送距離による電力損失の差

発電所で発電された電気は、送電線・変電所・配電線等の輸送行程を経て需要家に供給されるが、この輸送行程を通過する間に、その一部は電力損失となつて消滅する。したがつて、輸送距離の長い電燈需要家は同じ一キロワット時の電気を使用するにも、この電力損失分だけ余分に発電することが必要となる。

電気事業法第一九条には、電気料金算定の基準として、「適正な原価」に「適正な利潤」を加えたものであること、及び「特定の者に対して不当な差別的取扱いをしないこと」が定められており、いわゆる「原価主義の原則」「公正報酬の原則」及び「公平の原則」という電気料金決定の三原則が謳われている。

「適正な原価」に「適正な利潤」を加えたものであることとは、独占企業の経営が安易に流れることがなく、なすべき企業努力を払つた場合における経営を前提とした供給原価に、事業の合理的な遂行、発展を遂げるために必要な資金を調達できる程度の適正な利潤を加えたものであることをいい、電気料金設定にあたつての基準が示されている。

また、「特定の者に対して不当な差別的取扱いをするものでないこと」とは、供給区域内のすべての需要家に対して公平、平等でなければならないことを意味するが、正当な理由に基づいて当然に生ずる料金上の差異、たとえば、電気の使用状態の相違によつて料金に差が生じることを否定するものではなく、恣意的な不当な差別を禁じているものである。

したがつて、家庭用電力と産業用電力の料金の差は、使用状態の違いを公平に反映することによつて、結果的に原価の負担割合が相違したものであり、前述のいわゆる電気料金決定の三原則、特に原価主義の原則からみて当然のことであり、また、公平の原則を誠実に実施することにほかならない。

しかも、電気料金は、前述の基本原則に則つて原価計算を行ない、電気事業法第一九条に基づき通商産業大臣に申請し、通商産業大臣の厳重な審査を経たうえ、認可を受けて実施しているものである。

したがつて、被告の電気供給規程に定めた料金は、全ての需要家にとつて公正妥当なものであり、電気の料金構造は大企業優遇であるという原告らの主張は全く当を得ていないものである。

また、原告らは産業用電力の需要が民生用電力の需要より多いことに着目して本件ビラの如き記述におよんだようであるが、産業用電力といえども国民生活に寄与しているものであり、この点に関する原告らの主張もまた失当である。

(八) 「エネルギー危機は作り話である、電力不足はウソである」「三〇年説には何の根拠もないのです」との記載について

石油危機は作り話ではなく、近い将来大きな問題となるというのが世界の常識である。石油の可採年数は約三〇年であり、新規油田の発見は既に消費量の伸びを下回つていることを考えれば、世界の石油の供給限界は比較的早い時期にやつてくるという見方が国際的にも支配的になつていることは、エネルギー戦略選択機構(WAES)の報告や総合エネルギー調査会石油部会中間報告などでも明らかなとおりであり、このような通説を無視して、「何の根拠もない。」とか「科学者の一致した見解です。」などと決めつけた本件ビラの記述が、虚偽と悪意に満ちたものであることは明らかである。

また、発電所の建設は、計画してから運転開始までに六ないし一二年という長い年月がかかり、電力不足が現実になつてから建設を計画しても間に合わない性格のものである。被告としては、このような事態を避け、今後とも増加が予想される電力需要に対して安定して電気を供給するために、省エネルギー、電源の多様化といつた問題に留意しながら、発電所建設に全力を傾注しているところである。もし現在被告が建設を希望している新規の発電所が建設できないとすれば、中国電力管内の夏季における電力需給は、近い将来不足することが予想され、「電力不足はウソである」との本件ビラの記述は失当である。

(九) 「島根原発の社員は地元の魚は食べません」中電の島根原発の「社宅に地元で取れた魚を売りに行つても、ほとんどの人は買わずに、松江のスーパーなどで冷凍魚を買つています、また、そこの奥さん達は〝一日も早く他の職場に転勤させてほしい″〝通勤に時間がかかつても、もつと発電所から離れた所に住みたい″〝他に転勤するまで子供は生まない様にしよう″と、毎日主人と話しているそうです」「原発が危険であることは、原発で働く労働者が一番良く知つているのです」との記載について

島根原発の社宅では地元の魚を買つて食べており、発電所の防波堤は恰好の釣場で従業員がよく釣をして釣つた魚を食べているし、温排水で育てたアワビの稚貝を片句地区に放流し、喜ばれてさえいる。

ちなみに、島根原発における運転開始(昭和四九年三月)から、昭和五二年度までの社員外従事者も含めた平均被ばく線量は、徹底した安全対策の推進により、法令で定められた許容値年間五レムのわずか二五分の一、年間〇・二レム以下に管理されており、原発における被ばく管理の実態は、従業員が被ばくに対する不安をもつようなものではない。

また、最近五年間に発電所の職員の子供は六五人(全社平均の二倍)も生まれているし、発電所では地元の人と結婚した人が一〇組以上になる。その中にはすでに三人の子宝に恵まれている人もいるのである。

原発では、徹底した安全対策が行なわれているため従業員は十分安全な職場であると、ゆるぎない自信と信頼をよせており、従来から危険性の指摘は一度もなく、たとえば、島根原発で働いている職員は、原子力発電に何の不安ももたず、むしろ誇りをもつて日夜働いており、原告らのビラ配布に対して、わざわざ豊北町まで出向いて、反論のためのビラを配布しているのである。

右のような事実からすれば、前記ビラの記載内容がいずれも事実無根であり、故意に虚偽の事実を記載したものであることは明らかである。

(一〇) 発電所の煙突(排気筒)は、「発電所の中の放射能で汚染された空気を大気中に吐き出すためのもので、その放射能がみなさんの頭の上に降つてきます」との記載について

しかし排気筒からの排気は安全を十分に確認しており、島根原発周辺の一一ヵ所の計測結果によつても、周辺の環境には運転開始以前と比べて変化はみられなかつたことからしても、前記ビラの記載は根拠のない臆測にすぎない。

(一一) 「大事故が起れば豊北町は全滅、もし原子炉から出ているパイプが折れて水が漏れてしまうと、核燃料の熱で原子炉が熔け、建物まで熔かして地下水が一気に蒸気爆発を起します。すると原子炉の中にある死の灰が空高く舞い上り、豊北町はおそか山口県の西半分に降りそそぎます。その死の灰の量は広島型原爆の千倍です、当然豊北町全体が死の町となります」との記載について

前記(三)で述べたとおり、原告らが主張する事故は生じないのであり、万一起こつたとしても周辺に被害を及ぼさないよう十分な安全が確保されているのである。本件ビラの右記載はもつぱら地域住民に対し不安と誤解をいだかせるものである。

(一二) 「原発と同じ位の費用をかければ、安全な太陽熱発電が可能となります」との記載について

現在、実験の域をでず、二十一世紀以降の実用技術であるといわれている太陽熱発電を今日のさし迫つた対策として提起することは、到底責任ある真剣なエネルギー論議とは言い難い。

原告らは、本件ビラにおいて今すぐにでも太陽熱による大規模発電が可能であるかのような記述をしているが、太陽熱発電の石油火力や原子力発電との価格競争力は不明であり、数万Kw級以上の大規模発電については実用化するとしても西暦二〇〇〇年ころになろうと言われている。また、太陽熱発電は、地表に到達する太陽エネルギーの密度が低いため、大規模な発電所を建設するためには広大な土地を必要とするうえ、季節や気象の変化の影響を受けやすく、さらに日中しかエネルギーを得られないという根本的な欠点をもつている。こうしたことから、その発電原価も原子力発電の四〇倍以上にあたる毎時一Kw当たり五〇〇円以上すると言われており、通産省の方針のもとに、香川県にパイロットプラントを建設するなどして進められてきた太陽熱発電の研究も、すでに商業化を諦めるとの結論が出されている。

原告らが、いまだ実験の域を出ていない太陽熱発電について、費用さえかければただちに実用化できる技術であつて、しかも原子力発電の代替的役割をも果すことができるかの如き表現を用いているのは、明らかに虚偽の事実を記載したものであり、「ウランや石油が売れなくなつてもうからないから本気でやらない」との表現と相まつて、地域住民などに誤解を与えるだけでなく、被告が太陽熱発電に取り組まないことがいかにも怠慢であるかの如き印象すら与え、被告の信用を著しく失墜させるものである。

(一三) 「計画どおり原発が動いても(節約できるのは)石油の三パーセントにしかならない」との記載について

これも単なる臆測や誤つた計算方法などに基づくものであり、何ら根拠のないものである。

原告らは、計算の前提条件および論理展開に誤りを犯しており、たとえ大まかな目安を示すものとしても、数字のトリックを利用して読者に誤解を起こさせるものである。

a 「石油全体の中で発電用に使われるのは二二%です。」というが、これは昭和五〇年度の実績であり、七年後(昭和六〇年度)における原子力発電の石油代替率を計算する根拠としては不適当である。

b 原子力発電が石油をいくら代替できるかということを計算するためには、発電電力量の比率を用いなければならないのに、発電設備容量の比で計算している。

c 原子力発電の石油代替率を算出するのであるから、原子力発電が石油発電に占める比率を乗ずべきであるのに、原子力発電の発電全体に占める比率を乗ずることは明らかに無意味である。

d しかも、前記b、cの計算にあたり、その諸元として原子力の寄与率の低い〝対策現状維持ケース″(現在のエネルギー対策を継続していく場合)の数値のみを用い、同じく原告らが言うところの「政府がいつている」数値である〝対策促進ケース″(現在の対策に加え、官民あげての最大限の努力と協力を前提とした場合)の数値については全く触れていない。

以上述べたことを簡単な計算式で示せば次のようになる。

(a) 原告らの計算式

(b) 正しい計算式

イ、対策現状維持ケース=18%×38%≒7%

ロ、対策促進ケース=16%×64%≒10%

以上述べたことから明らかなように、昭和六〇年度には原子力発電によつて輸入石油の七ないし一〇%を節約でき、貴重かつ有限な資源である石油の有効利用を図れることになる。

(参考)正しい計算式の諸元(昭和六〇年度)

対策現状維持ケース

対策促進ケース

出典

「明日の日本のためのエネルギー・

プログラム」通産省編

発電用石油量

九二五〇万

キロリットル

七〇五〇万

キロリットル

一二六ページ

石油総輸入量

五億五〇〇万

キロリットル

四億三二〇〇万

キロリットル

一六、一七ページ

原子力発電電力量

毎時一四八〇億Kw

毎時一八八〇億Kw

一二六ページ

石油発電電力量

毎時三八八五億Kw

毎時二九五〇億Kw

一二六ページ

そして、この七ないし一〇%という数値は具体的には原子力発電によつて四〇〇〇万キロリットル前後もの石油の節約が可能となることを意味し、これは、昭和六〇年度における「対策現状維持ケース」と「対策促進ケース」の省エネルギー率の差四〇〇〇万キロリットルに相当するものであり、原告らの主張するたつた三%というようなものでないことは明らかである。

(一四) 「この車に御注意を!」の記載について

右車とは、被告山口原子力準備本部の車を指しているが、この表現は、いかにも山口原子力準備本部の車が危害を加えるもので、豊北町内に入ることが不法侵入であるかのような表現であり、被告並びに山口原子力準備本部の業務に携わつている社員を著しく侮辱しているだけでなく、被告の業務を妨害することのみを目的とした悪意に満ちた記載であることは明らかであり、現実に山口原子力準備本部においては車の利用に支障をきたし、業務を妨害されるという事態を招いたのである。

3  本件ビラ配布による影響

(一) 社外への影響

本件ビラが配布されたことにより、中国電力の原子力発電推進姿勢に疑念を抱く、従来の中国電力の説明の真偽について判断しかねる、あるいは、会社方針に反する行動をとる職員に弾(ママ)固たる措置をとれというような地元住民からの抗議や要望が相次いだ。

また、新聞報道によつて、電力会社で働く労働者の内部告発として、子供を生まない、地元の魚は食べないという本件ビラの記載内容がセンセーショナルに取り上げられたこともあつて、主として山口県内で原子力発電の推進に協力を得ていた行政関係者、地元各種団体あるいはその他の関係各所から、被告山口支店ないしは山口原子力準備本部に対して抗議ないしは要望が相次ぐとともに、遠く九州電力からも原子力発電所建設予定地域の住民に不安を巻き起こし迷惑しているとの抗議が寄せられた。

(二) 従業員への影響

原子力発電の推進は被告が全力を傾注している方針であり、従業員は各事業所において地域住民に対して機会あるごとに、原子力発電のしくみや安全性、重要性等に関するPR活動を繰り返すなど、原子力発電に対する社会の理解と協力を得るための地道な努力を積み重ねており、また、中国地方唯一の原子力発電所である島根原子力発電所においては、安全性と技術に対する確信のもとに多くの従業員が現実に原子力発電の運転に取り組んでいる。また、従業員の九五%で組織している中国電力労働組合も、原子力発電の安全性、経済的優位性、石油代替エネルギーとしての重要性などについての理解のうえに、原子力発電の推進を重要な課題として積極的に取り組んでいるところである。原告らはこのような大多数の従業員の努力を十分承知したうえで、同じ中国電力職員の名をもつて、虚偽と悪意に満ちた本件ビラを原発建設予定地である豊北町一帯の住民に配布したものであり、これに対しては、豊北町の住民と直接接する機会の多い長門営業所職員から抗議があつたほか、中国電力労働組合からも、被告本店並びに山口支店に対して激しい抗議が行なわれた。さらに、自らの日常生活を虚偽と悪意をもつて喧伝された島根原発で働いている電力労組の有志が、わざわざ豊北町まで出向いて、発電所職員の生活実態を知らせるビラを配布したほか、電力労組本部も所属組合員を動員して、豊北町一帯にビラを配布して、本件ビラの虚偽性を訴えかけた。さらに、原告らの本件ビラの配布に対しては、電産労組内部からも強い批判があり、豊北町を地元とする電産長門分会では、分会の委員長ほか数名が「豊北原発の強制的ビラ配布と、デマで固めた『原発だより』等々により、もはや正常な組合活動は望めない」との声明を出して組合を脱退したのをはじめ、ビラ配布後一年の間に組合方針についていけず脱退していつたとみられる組合員の数は、組合員八六〇名中六〇名にも及んだ。

(三) 業務への影響

ビラ配布後被告山口原子力準備本部においては、その業務の中で主要な位置を占める対話訪問活動が極めて困難になるという具体的支障が生ずるとともに、被告所有車の利用も難くなつた。このような状況を踏まえ、被告は社達六四号を公布して原子力発電推進の方針を再徹底するとともに、この方針に対する従業員の協力を要請したが、その後の従業員の様々の形での努力にもかかわらず、一旦失われた信用を回復することは極めて難しく、原子力発電に対する地域住民の誤解や不安を取り除くための従業員の精神的負担は極めて大きいものである。

4  就業規則違反

原発に関する事業は、電力の安定供給を図らなければならない公益的立場にある被告にとつて、現在最も重要な事業の一つであり、島根原子力発電所で働く従業員等、多くの従業員が原発に関係する業務に従事しているものである。このような重要な事業であり社会的に関心を持たれている事業について、いやしくも、被告と労働契約を締結し、被告に対し労働を提供することを約し、被告が行なう業務に従うことを約した従業員としては、被告が推進しようとする業務に忠実に従い、かつ、協力しなければならない義務がある。また、原発のような重要問題についてビラ配布をする場合には、その内容が事実に反しないか否か単なる臆測や偏見に基づくものではないか否かを慎重に検討し、地域住民はもちろん、社会一般に対し不安や誤解をいだかせたり、会社の信用を失墜させたり、会社の業務を妨害したり、職場秩序に影響を与えたりしないかについて十分に配慮することが要請されている。

にもかかわらず、原告らは前記義務に反し、また右配慮を全く欠き、虚偽と悪意に満ちた本件ビラを発行、配布することによつて被告が推進しようとする事業があたかも不当な事業であるかのような言動に出、関係地域の住民や各方面に会社に対する不信感と原発についての不安と誤解を与え、また被告の社会的信用を著しく失墜させ、かつ被告の業務を妨害し、被告に不利益を与えたものである。このような原告らの行為が前記協力義務、忠実義務に違反し、会社の体面をけがし、故意または重過失によつて会社に不利益を及ぼしたことは明らかであるから、原告らは、別紙(三)記載の就業規則六四条一項三号、四号に該当するものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実を認める。

2  同2の事実のうち、本件ビラに被告主張の内容の記載があることを認め、その余の事実を否認する。

本件ビラの記載内容は、次に述べるとおり、いずれも真実である。

(一) 抗弁2(一)掲記のビラ内容について

電産労組は、昭和四八年、原発反対の方針を大会で決定して以来、本件ビラ配布当時八六〇名いた全組合員で原発建設に反対して闘つてきた。

また、第二組合である電力労組の中にもかなりの数の人が原発に反対の意思を持つており、電産労組が発行した反原発パンフレットを、被告の三〇〇〇名の社員が購入している事実からみても、多くの被告社員が原発建設に反対していることは明らかであり、前記表現も、決して誇大なものではない。

なお、本件ビラ配布直後、被告が社達六四号を発し、電産労組に対する組織破壊攻撃を強め、中国電労と一体となつて電産からの脱退工作を強引に行なつたにもかかわらず、その後も電産労組の発行する反原発パンフレットは常に三〇〇〇名を越える社員に購入されており、電産労組が定年延長実現のために実施した署名活動に対しても、約三〇〇〇名の協力者があり、さらに、本件訴訟提起以降今日までに中国電労から電産労組への復帰加入者が相当数あり、原発建設に反対する電産への支持が高まつている事実からも、被告社員において、原発建設反対の意思を有する者が多数存することは明らかである。

(二) 「常に放射能がばらまかれる。」の記載について

抗弁2(二)掲記のビラ内容について

それが放射能は微量であつても人体や生物全体にとつて有害であり、深刻な影響を与えるものである。被告は、単に排出される放射能が許容量より少いこと、また、自然界の放射線量より小さいことをもつて無害であると主張するが、微量であれば無害であるという科学的根拠は何一つ示し得ていない。被告は、一般人の許容被ばく線量五〇〇ミリレムが、国際放射線防護委員会の勧告に従い、放射線審議会の答申を受けて決められたものであり、身体的な障害または、遺伝的な障害の発生が社会的に容認できる値としているが、「社会的に容認できる値」が存すること自体影響がゼロではないということを被告自身が認めていることにほかならない。また、微量放射能のもたらす身体的・遺伝的障害は、被告のいうように「社会的に容認できる」ようなものではない。一九六〇年以降、アメリカ連邦放射線会議は、年間平均〇・一七レムの値を一般集団に適用しているが、微量放射線の影響についての知見が得られるにつけ、この基準すら危険であるとして、一九七〇年ゴフマン・タンブリン博士が右基準では、アメリカで年一〇万人ものガン死亡者が出ると警告し、一九七二年アメリカ原子力委員会の委託を受けたアメリカ科学アカデミーが右基準では毎年最大一万五〇〇人のガン死亡者の他、次代に毎年最大一八〇〇例、数世代後には毎年最大二七〇〇〇件の重大な遺伝的欠陥の出現と、不健康者の五%増加を招き、年間平均〇・一七レムの基準ですら危険であると報告している。放射線による障害は「これ以下の線量では発生しない」といういわゆる「しきい値」は存在しないことが定説化されており、微量であつても右のように重大な障害をもたらす。原発が通常運転時において排出する放射性物質が「微量であり、十分管理されているので無害」とする被告の主張には何の根拠も存在していないといわざるをえない。

また、被告は、原発から放出される放射能が自然放射能以下であることをもつて無害であると主張するが、放射線の生物への影響に関する研究では国際的権威である市川定夫博士は、この点に関して、「遺伝学と進化学では、自然放射線によつても損傷を常に受けるが、一定の割合を修復し、また生物種の集団全体として生じた突然変異個体を淘汰し、その代りを捕らえるだけの生殖力を持つという形で放射線に耐える能力を具えてきたのだと言われている。従つて、どんな生物も余分な修復能力は持つていないわけであり、特に、人工放射性核種については適応を知らず、無選択に取り込み濃縮していくことが既に多くの例によつて実証されている。その意味において、自然放射線と人工放射線の単純比較はもともと不可能なだけでなく、少しでも多くなることはそれだけで不都合であると言うべきである。自然放射線と人工放射線の単純な比較は、自然・人工放射性核種に対する生物の適応の差異、あるいは両者の生物系内での行動の差異を無視した暴論であり、人類の現状と遺伝学を知らない無知による主張で、後世代に対する犯罪的な主張である」と指摘している。このように、被告の主張には何らの科学的根拠もないばかりか市川教授の指摘の如く犯罪的な主張であるといわざるをえない。

さらに、被告は、原発の周辺には、何個所かの計測装置(モニタリングポスト)を設置し、排出される放射能については常に監視を行つている、島根原発周辺においても一一か所で計測し、その結果、周辺の環境に影響はなかつたことが確認されていると主張する。しかし、モニタリングポストは、ガンマ線のみしか測定できず、ベーター線については全く測定できないもので、原発より排出される放射線物質にはベーター線を出す放射性核種も数多く含まれるが、それらについては全く測定できないわけである。しかも、学者によれば、ベーター線を出す核種の大部分は生物の皮膚に付着しやすく、体内で濃縮されるということが一致して認められるところである。つまり、十分管理されているどころか、非常に危険な種類の放射性物質が野放しで放出されていると言える。

以上のように、原告らの本件ビラに記載されている「放射能がばらまかれる」は、真実に立脚したものであり、原子炉が平常に運転される際に排出される微量放射能といえども周辺の住民に、重大な健康上の被害をもたらすことは明らかである。しかも、これらの影響の大部分は、ガン、白血病などのいわゆる晩発性の障害、あるいは遺伝的障害として一定の年月の後に、あるいは次の世代以降に現れるものであり、放射線被ばくとの因果関係は、直接的には証明しにくいものである。であるからこそ、その危険性については、声を大にして警告しておく必要があつたのである。

(三) 抗弁2(三)掲記のビラ内容について

原発においては、重大事故に直結する一次冷却系配管のヒビ割れなどの事故は、今日も続発している。原発の最悪の事故というのは、高温・高圧の一次冷却系の水が大口径の配管の破断などによつて噴出し、原子炉内の水が全部失われ、炉心が空だき状態になる、いわゆる一次冷却水喪失事故(LOCA)などであるが、現実に重大事故に直結する一次系パイプのヒビ割れなどの事故は多発している。この真実は、常に中性子照射による材料の腐化、高温・高圧の状態におかれているために起る応力腐食割れなど、苛酷な条件下にさらされている中で、材料がもろくなり、破壊され易くなり、地震や外力によつて大口径配管が瞬時に破断するという重大事故が現実に起こり得ることを示しているのである。

特に昭和五四年三月二八日に発生したアメリカのスリーマイルアイランド原発事故は、一次冷却水材喪失事故、それに伴なう炉心溶融という大事故が容易に起こること、しかも、ECCSが有効に作動していなかつたことを証明した。

右事実からも明らかなように、大事故が起こらないのが常識とする被告の主張こそ、全く科学的根拠のないものである。

(四) 抗弁2(四)掲記のビラの内容について

我国の原発は、冷却水確保の容易さから必ず海岸線に建設され、温排水と呼ばれる原発廃水が海域に大量に放出される。しかも、この温排水は、汚染物質を含んだ廃液である。冷却水として取水された海水は、高速に加圧・昇温され排出されるが、その際取水中に含まれる生物は破壊され、殺されて細片となり死骸となつて排出されるので、有機物汚染や有害生物繁殖の原因となる。また、取水から排水までの通路となる取水器や復水器に付着する付着生物やスライムを防除するため、塩素ガス等が注入され、さらに腐蝕防止剤や洗剤等も混入され、温排水として排水される。さらに、原子炉漏れや原子炉建屋内の雑排水等に含まれる放射性物質も処理された後、低放射能のものは温排水中に混入して放出される。また、温排水の量が大量で、原発は熱出力のうち電気出力の転換割合が約三三%と小さく、六七%もの熱を温排水として放出する。この量は電気出力一〇万Kwの原発の場合七度Cの昇温でみると、毎秒七トンにものぼる大量の温排水がでてくることになる。そして、その高温の海水は海洋生物に重大な影響を与える。すなわち、一般に海水魚は、温度適応範囲が狭く、水温に敏感に反応し、生理や行動が水温に規制されることが確められているし、高温致死温度の海水に遭遇することによつて死滅し、しかも致死温度というのは種、発育の段階や順化温度等によつて変化するものであるから、発育度や寿命等いろいろな要素に影響することが明らかになつている。また、魚介類の餌となるプランクトン等の浮遊生物にとつて、高温致死温度ばかりでなく、生存率や増殖率に影響を与えることが確認され、魚介類の再生に影響を与えることが各地で問題となつている。さらに、海草等非移動性生物にとつては放水口からの温排水の影響をまともにうけ、有毒化学物質との複合的なかかわりによつて海草類が衰退することが確められている。

島根原発からの温排水により漁業権放棄区域外でも、イワノリの品質が低下し、採取期間も極度に短かくなり、放水口の近くでアワビやサザエの死がいを見、一九七七年からは貝の姿が見えなくなり、ウニの死がいを見るようになり、うるみ現象によるかなぎ漁の漁獲量を減少し、トビ刺網漁業の漁場の一部がつぶれ、寒の時期に温排水が出ている場合には、放水口から三〇〇ないし五〇〇メートル沖まで、ヤリイカの釣り漁業が成り立たなくなり、一九七四年に沖のワカメ漁で、養殖に大切な時期である二ないし五月に原発が運転していた結果、ワカメが沖陸の作物の萎縮病のようになる現象が生じ、ブリなど、アオモノを漁獲するカサ網の漁場を原発運転中は変えなければならないなどの被害が生じた。

ところで被告は、原発建設に関し、放水口を中心とする一定の海域でそこに漁業権を持つ漁民に対し補償金を支払い、その海域に関する漁業権を放棄させているが、被告はこれにつき、漁業権が放棄されたからといつて魚がいなくなるものではなく、従つて、漁場の破壊につながるものではないと主張する。しかし、漁業補償は、漁業権の放棄と温排水の漁業に対する影響に対して支払われるものであり、漁業権の放棄が漁業ができなくなることにつながるものであることは、議論の余地のないことである。被告が主張するように、漁業権が放棄されようと大量の温排水が排出されようと、その海域で従来と何一つ変わることなく漁業が行なわれるのであれば、巨額の漁業補償を支払うことそのものが極めて不合理な行為であり、被告の主張は、自己矛盾に満ちた主張であると言わざるをえない。

以上述べた如く、原発温水による漁場破壊の現状が、科学的にも調査等による実証によつても明らかな事実となつており、本件ビラの記載には何ら虚偽・悪意は存しない。

(五) 抗弁2(五)掲記のビラ内容について

現在日本の原発の運転に際し、大量のプルトニウムが副次的に生産されるが、このプルトニウムは容易に原子爆弾の材料になるものである。そして、一〇〇万キロ級の原発が一年間フル回転すると、長崎に投下された原子爆弾の五〇発分のプルトニウムが生産される。さらに、最近、核燃料サイクルの確立ということが強調され、この使用済核燃料の中からプルトニウムなどを取り出す技術(再処理)や、ウラン濃縮の技術などの開発に巨額の費用が投資され、開発が進んでいる。原子力の開発は、当初から軍事利用を主目的として行なわれ、平和利用はその副産物として存在してきたという歴史からみても、このような日本の核武装の物質的基盤の完成について、危倶(ママ)の念を持つことは当然である。また、政治の反動化と軍備の増強が押し進められ、国際的にも戦争の危機が深まつている。

被告は、原子力基本法によつて、原子力の開発は、平和目的に限られ、民主、自主、公開の原則のもとに進められているので、軍事利用にはつながらないと主張しているが、政治の反動化が進み、軍備が大々的に拡大され、国際的にも戦争の危機が段階を画して深まるという状況の中で、法律があるからとか、国際会議に参加しているからといつて安心できるものではない。現行憲法の下において、自衛隊という軍隊が存在し、米軍による核兵器の持ち込みが半ば公然と行なわれ、佐世保・横須賀・沖縄が原子力空母・原子力潜水艦・核戦略爆撃機の基地となつている状況において、法律や国際条約の存在のみを理由に、十分な歯止めがかけられている等ということはできない。

このように、今日の政治情勢及び核の軍事利用への物質的基盤が既にでき上つているという事実からして、本件ビラの記載内容は十分正しいといえる。

(六) 抗弁2(六)掲記のビラ内容について

被告は、現在稼働している島根原発(最大出力四六万Kw)と玉島火力発電所(最大出力五〇万Kw)の発電原価を単純に比較し、毎時一Kw当たり、原子力五円弱、火力八円で原子力の方が安いと指摘する。しかし、ウラン燃料は島根の場合、営業運転開始のずつと以前の一九七〇年頃からすでに買い入れられ確保されていたものであり、玉島の場合の燃料費は、ほぼその年の石油価格に等しいからそのような比較は意味はなく、また、被告は、島根・玉島という二つの発電所をとり上げ単純に比較しているが原告の指摘しているのは原子力発電一般と火力発電の対比であり、個々の発電所の比較ではないから、被告の右比較は誤りである。

(七) 抗弁2(七)掲記のビラの内容について

電力は国民全体の利益のために生産されているわけではない。今日、電力が国民生活にとつて必要不可欠なものであることは何人も否定できない事実であるが、それ故、電力の生産が、国民全体の利益を目的として行なわれているとは言えない。国民の生活にとつて必要不可欠な電力の生産が、現在、営利を目的とする私企業によつて行なわれており、しかもそれは、日本を九つの地域に分割した完全な独占企業である。こうした中で、電力会社は常に巨大な利益をあげ、そして、電源開発に対する巨額の投資を行ない、その投資先は、電気・セメント・鉄鋼・土木などの巨大企業である。この巨額な投資のツケは、既に数次にわたる電気料金の値上げとなつて、圧倒的多数の一般国民の肩にのしかかつてきているのである。

さらに、原子力発電は、今日の需給状態からみて全く必要のないものであり、火力発電所の建設費の何倍もの巨額な費用は、過剰生産に苦しむ巨大な独占企業を救済することを目的としていると言える。

また、電気料金は、大企業に有利に、一般国民には不利な構造になつている。つまり、電気料金が一般需要家に高く、大企業に安くなつている。

これに対し、被告は、電源から需要場所までの距離が長いこと、大口需要家に比べて配電線などを要するので、大口と一般には料金差があつて当然であると主張する。

しかし、電源(発電所)の位置によつては、それに近い需要家もあれば短い需要家もある。また、そのことは、大口であるか一般であるかを問わない。勿論それは、被告の言うように、国の認めた料金制度であることは否定するものではない。しかし、原価主義に基づくと言われる料金制度そのものが、既に大企業優先のための制度である。電力事業が公益のためのものであり、すべての国民の利益に添うものであれば、電力料金を商品の原価に折り込み利潤獲得のための商品生産に利用している大企業と、水や空気と同じように生存のために不可欠なものとして電気を使用せざるをえない一般国民の間には、逆の格差こそあつてしかるべきである。それでこそ、電力事業が国民全体の利益に奉仕していると言える。

また、原子力発電は、農民から土地を、漁民から海を奪い、地域住民に放射能公害をもたらし、地域社会には混乱を持ち込み、全国民に高い電気料金を押し付ける。

このように、現在、電力の生産が決して全国民の利益に奉仕するために行なわれているのではなく、また、原発の建設が大企業の利益になつても、一般の国民には様々な不利益を与えているのは事実である。

(八) 抗弁2(八)掲記のビラの内容について

被告の言う石油可採年数とは、現在確認されている埋蔵量を一年間の使用量で割つた数字にすぎない。しかし、毎年新しい油田が開発されており、これらの新たな確認埋蔵量の増加を見込んだ数字にはなつていないのである。いわゆる石油三〇年説は既に何十年も以前から言われてきたことであり、「石油危機」の宣伝は、国際石油資本の価格操作の手段とも言われている。今日の状況をみても、石油の生産は過剰となつており、価格も大幅に下落しているのであつて、現在ではだれも石油危機など言わなくなり、電力会社の宣伝からも「石油がなくなるから原子力発電」という宣伝が削除されていることは、公知の事実である。

さらに、原発建設は、建設そのものに莫大なエネルギー(石油)を要するものであり、投入するエネルギーよりも取り出せるエネルギーの方が小さくなると指摘する学者さえいる。それに加え、使用済核燃料の再処理・高・低レベルの廃棄物の処理や廃炉問題など、解決の目途さえつかない多くの問題を抱えており、これらの問題を考慮すれば、原発は石油を節約するどころか、浪費することになるとさえ言えるのである。

今日の時点では、産業構造の変化、省エネの定着により、電力需要の伸びは著しく鈍化し、ほぼ横ばいの状況となつており、被告においても設備予備率が二〇%近いという状況になつている。このような電力需要の伸びの著しい鈍化は、主として産業の構造的変化に起因するものであり、今後もこの傾向に変化はないというのが公知の事実である。このため、被告会社においても、建設計画中の火力発電所や水力発電所の着工を軒並みに一ないし四年間も延期せざずをえなくなると共に、小野田・坂・三幡などの各火力発電所を廃止しようとさえしている。

すなわち、今日の時点で見れば、電力危機は全く存在していないだけでなく、逆に電力資本は過剰な生産設備を抱えてその処理に苦慮している現状である。従つて、豊北原発二〇〇万Kwの建設を計画した根拠は今や完全に消滅している。仮に、被告の計画どおりの着工がなされていたとするならば、それに投入される巨大な建設費用(一基数千億円と言われる)を要することから、測り知れない程巨額の費用が無駄に投資されることになつたのである。

(九) 抗弁2(九)掲記のビラの内容について

原発で働く職員は、電力会社の中でも特に原発についての集中的な企業教育を受けており、表面的には不安を持たずに働いているかのように言われているが、国内は勿論諸外国における原発の事故や故障による放射能漏れ、放射能被害、あるいは日常的な大気、海水の放射能汚染、原発労働者の被爆等、毎日のようにテレビ、新聞で報道されており、原発職員が不安を持たないはずがない。現にあちこちで右記載内容のうわさや不安が聞かれており、何ら事実に反するものではない。

(一〇) 抗弁2(一〇)掲記のビラの内容について

前記(二)で述べたとおり、右記載の内容は事実に反するものではない。

(一一) 抗弁2(一一)掲記のビラの内容について

前記(三)で述べたとおり大事故は起こり得るのであり、また、パイプ、原子炉本体のひび割れ、燃料棒の折損事故が度々発生し、緊急炉心冷却装置の有効性が確証されていない状況において、右記載は事実に反すると言うことはできない。

(一二) 抗弁2(一二)掲記のビラの内容について

被告は、太陽熱発電は現在実験の域を出ず、今日のさし迫つた対策として提起されるのは真剣な議論とは言い難いと主張するが、太陽熱利用開発のために投入される研究費が極めて少いことに見られるように、太陽熱利用の問題が真剣に取り組まれているとは認められないところに大きな問題がある。太陽熱のエネルギーは、その性質からして、電力資本が直接支配しにくいものであり、従つて、利潤の拡大という価値判断から、真剣に取り組まれていないと言わざるをえない。太陽熱の利用は、単に熱エネルギーから電力エネルギーヘの転換といつた問題だけではなく、さまざまな利用形態を通して測り知れないほどの価値を持つということが、多くの学者も認めるところである。そのような観点から言えば、原子力開発に投入する程の費用をかければ、太陽熱の利用が大きく前進するだろうという原告らの主張は決して誤りではない。

(一三) 抗弁2(一三)掲記ビラの内容について

石油代替率を計算する被告側の計算式で、被告側の使用した原発の設備利用率は六五%で、通産省の編した「明日の日本のためのエネルギープログラム」の記載による数値を引用したとされているが、現実の原子力発電所の設備利用率(年間平均)は次のとおりであり、しかも年々低下の傾向を示しており、被告の使用した数値は、現実に即したものであると言い難い。

原発の利用率

一九六九年度  九五・八%

七〇〃   七七・七%

七一〃   六九・〇%

七二〃   六一・三%

七三〃   五二・五%

七四〃   五四・〇%

七五〃   四一・三%

七六〃   五二・三%

七七〃   四一・八%

従つて、被告の示した計算式によつても、設備利用率を仮に一九七七年度の四一・八%を使用してみると、対策現状維持ケースでは、7%×(41.8÷65)=4.3%〈編注・数式は原文のまま〉となり、原告の示した三・三%という数値と大差のないことになる。

また、被告の示したもう一つの計算例である「対策促進ケース」は、推進側のいわば願望的な数値(原発の総出力三三〇〇万Kw)であり、今日難行(ママ)している各地の建設計画の実態からみて、使用でき得る数値とは言い難い。

さらに、この被告の示した数値は被告も認めているように、使用済燃料の再処理や廃棄物の処理(現時点でいえば、その具体的な方法すら解決されていない)に要する莫大なエネルギー(石油)や、火力発電所に比して圧倒的に大きい建設のためのエネルギーや、核燃料の精製加工のためのエネルギーは含まれておらず、これらのものを考慮すると、代替率三・三%という数値すらひかえめな指摘であり、被告のいう「虚偽」の主張は著しく事実に反するものである。

3  同3の事実を争う。

4  同4の事実のうち、就業規則六四条一項三号、四号の規定が別紙(三)のとおりであることを認め、その余の事実を否認する。

5  就業規則不適用

本件ビラ配布行為は、就業時間外に、職場外で行なわれたもので、労務提供に関係のない行為であり、従つて、就業規則の適用はなく、懲戒処分の対象となりえない。すなわち、労働者は、使用者に雇われて働く以上、労務提供をめぐつて指揮命令の関係に入り、その限りで使用者の利益を不当に侵害しないよう行動すべきであるが、この労使間の指揮命令の関係は、あくまで近代法の理念に反するものではありえず全人格的支配服従関係は法の容認するところではない。そして、この労使間の指揮命令関係は、労働契約を媒介にしてはじめて存在し、労働契約の内容である労務の提供を離れては成立しえないものである。そして、労務の提供は、使用者が労働者を労働契約に基づき拘束しうるいわゆる拘束時間内ないしは労務提供場所内(職場内)でしか問題となりえない。従つて、就業規則は、就業時間内ないしは職場内での労働者の行為に対してしか適用しえないものである。

五  再抗弁

1  憲法一九条、二一条、民法九〇条違反

自己の思想を外部に表明することは人格の発展にとつて本質的な事柄であるし、思想の自由な交換は民主的な社会秩序を形成するための基礎をなすから、表現の自由は、民主制社会の存在を支える根本的な権利として、最大限に保障されなければならない。そして、放射能汚染の問題は、一人地域住民だけの関心事ではなく、原発に従事する労働者はもとより、国民の、人類の一大関心事である。また、原発の経済性についても多くの疑問が存するのである。その意味で、原発建設反対運動は、豊北町民の運動であると同時に、労働者の運動としての性格も有しているのである。しかも、原発建設反対運動は、人類の生命、身体、財産を守るという公共の福祉を実現するためのものであり、それに加えて、放射能汚染企業たる被告会社に従事する原告らは、被害者であるにもかかわらず、中国電力の社員として加害者的立場をとらざるをえない一面を有し、したがつて、その社員としての身分から脱却する根源的な自由があり、かつまた放射能汚染の実態と真実を公表する社会的責務があるといわざるをえない。

ところで、前述のように、原発の安全性や環境汚染の問題は、そこに働く労働者の安全問題であるに止まらず、地域住民の生活権、環境権にかかわる問題であり、一度原発事故が起きれば、労働者はもちろん地域住民の生命、健康に対し破滅的な被害を及ぼし、その被害は、一世代に止まることなく、子孫に対しても遺伝的障害として残るのである。にもかかわらず、国内の相次ぐ原発事故で明らかなように、その安全性は何ら実証されていないまま、電力企業は、国の方針に基づき原発の計画実施、運用を住民不在のまま推進している。

本件懲戒処分は、このように、労働者や住民の声を無視し続ける被告が、電産労組の正当な組合活動を弾圧するとともに、このことを通じで同じ反原発の立場に立つ地域住民の正当な要求を封じ込めようとしてなされたものであり、憲法一九条、二一条が保障した思想信条の自由及び表現の自由を蹂躙し、民法九〇条の公序良俗に違反し、無効である。

2  不当労働行為

被告は、昭和二八年八月電産労組から電力労組が分裂してからも電産労組に対する組織破壊の攻撃を続け、同四七年一〇月一八日、山口支部徳山分会(徳山営業所)へ新加入した青年組合員に対し、徳山営業所配電課保守係長の菊本桂(中電労組合員)が、新加入に対する妨害やいやがらせ及び団体交渉出席への妨害・干渉などを行なつた、同五一年の春闘において、島根原発玄関に、「春闘勝利」などのスローガンを書いた電産のビラが、被告の手によつて無断で撤去された、同五二年末、一時金闘争において、徳山電力所で組合の掲揚していた組合旗(本部のスト指令による)を会社側(徳山電力所総務課長)が無断で撤去し、自分の机の引出しにしまいこんだ、同五〇年の春闘において、山口支部徳山分会が春闘戦術として社屋に取り付けた「原発建設反対」の立看板を会社が無断で撤去した、その後も右立看板、たれ幕、ステッカーなどを無断で撤去し、また、被告の右無断撤去に対し二、三分程度の抗議にも賃金カットを行なつた等の不当労働行為を続けている。また、昭和五三年一月四日、被告山口支店長(兼原子力準備本部長)の年頭あいさつにおいて、中電の社員は原発建設に協力しなければならず、反対の社員は退職せよとの趣旨を述べ、また、同年四月一日、山根社長の新入職員に対する訓話においても同趣旨の発言をし、さらに、社達六四号における社員に対する原発推進の思想統制、電産労組に対する組織介入行為をなしていることなどから明らかなように、本件懲戒処分は、山口県支部の反原発の方針を嫌悪し、組合幹部を弾圧することによつの反原発の立場に立つ組合員を威嚇し、もつて組合の組織破壊を目的としたのである。

これは、電産労働組合員に対する不利益処分、また、電産労組に対する支配介入であり、したがつて、本件懲戒処分は不当労働行為であるから、無効である。

3  懲戒権の濫用

仮に、原告らの本件ビラ配付行為が、就業規則所定の懲戒事由に該当するとしても、被告の本件懲戒処分は合理性を欠き、懲戒権の濫用であり、無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実を争う。

本件懲戒処分につき国又は公共団体と個人との関係を規律する憲法の規定は濫用されないし、また、懲戒処分について民法第九〇条が適用されるか否かも疑問である。

ところで、原発の是非をめぐる問題は原告も主張するようにきわめて重要な問題であり、このような重要な問題に対しビラを配布することは、地域住民に対してはもちろん、社会一般に対してもまた被告従業員に対しても重大な影響を与えるものである。それ故に、原発問題について原告らがこのような見解を持つかは自由であるけれど、原発のような重要問題についてビラ配布をする場合には、その内容が事実に反しないか否か、単なる臆測や偏見にもとづくものではないか否かを慎重に検討し、地域住民はもちろん、社会一般に対し不安や誤解をいだかせたり、会社の信用を失墜させたり、会社の業務を妨害したり、職場秩序に影響を与えたりしないかについて、充分に配慮することが要請されているものというべきである。従つてこれに反した前述のような本件ビラ配布行為につき原告らに対して懲戒処分をすることは当然のことであり、本件懲戒処分が原告らの思想や表現の自由を侵すものではないことはもちろん、公序良俗に反するものでないことも当然のことである。

2  同2の事実を争う。

山口県支部が配布した本件ビラは、前述のとおり、その内容が虚偽と悪意に満ちたもので、関係地域の住民に対し、被告に対する不信と誤解を与えたのみでなく、原発建設に全力を傾注している被告の社会的信用を著しく失墜させ、かつ、被告の業務を妨害するものであり、また、被告の大多数の従業員(とりわけ原発関係の仕事に携わつている従業員)の努力を踏みにじるものである。

本件ビラ配布行為はその内容・方法からみて、たとえ組合の機関決定と方針に基づいて就業時間外に職場外で実施されたものであるとしても、明らかに正当な組合活動の範囲を逸脱しており、原告らが就業規則の規定に照らし従業員としての責任を問われることは当然であり、本件懲戒処分は原告らが組合員であることを理由とする不利益な処分でもなければ、電産労組に対する支配介入でもない。

3  同3の事実を争う。

すでに述べたことから明らかなように、本件処分は、十分な根拠に基づく当然の処分であり、懲戒権濫用などとは到底いえない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(当事者)、同2(懲戒処分)、抗弁1(本件ビラの作成、配布)の各事実、本件ビラに抗弁2(本件ビラの記載内容)記載の内容が記載されていることと、就業規則六四条一項三号、四号の規定が別紙(三)のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二そこで、本件懲戒処分の適否について検討する。

1  労働者は、使用者と労働契約を締結することにより、使用者に対し労務提供義務を負うとともに企業秩序を遵守すべき義務をも負うものというべきであるから、労働者において企業秩序違反のあるときは、その使用者は企業秩序を維持して、円滑な企業運営を図るため、当該労働者に対し懲戒処分をなし得るものである。

他方労働組合の組合員が、その生命、身体を守り、経済的地位の向上を図る目的で、その使用者の経営方針や企業活動を批判することはもとより正当な組合活動の範囲内に属するものであり、その文書活動もそれが右の目的の範囲内にある限りは、文書の表現がやや激しかつたり、多少の誇張が含まれているとしても、なお正当な組合活動といえるのであつて、そのために使用者の実態が公表されて、仮に不利益を受けたり、その社会的信用の低下することであつても、使用者としてはこれを受忍すべきものと考えるが、組合活動としてなされる文書活動であつても、故意に虚偽の事実や誤解を与えかねない事実を記載して、被告の社会的に容認されるべき正当な利益を不当に侵害したり、名誉、信用を毀損、失墜させたり、あるいは企業の円滑な運営に支障を来すことがあれば、それは、もはや正当な組合活動の範囲を逸脱するものであり、前記企業秩序遵守義務に反するものであるから、そのような文書活動を企画、指導、実行した組合員が就業規則に照らし、使用者からその責任を問われてもやむをえないものといわなければならない。

そして労働者の職場外でなされた職務遂行と無関係な行為であつても、それが企業の円滑な運営を阻害するおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものであれば、やはり懲戒処分の対象となりうるものと解すべきであるから、前記文書活動においても、それが正当な組合活動の領域を超えて企業秩序遵守義務に違反するならば、職場外で、労務提供と関係なく行なわれたものであつても、そのことを理由に懲戒処分を免れうるものではない。したがつて、本件ビラ配布行為が就業時間外に職場外で行なわれたものであることから直ちに右行為には就業規則の適用はなく、懲戒処分の対象とならないとする原告らの論旨には、当裁判所は左袒できない。

2  本件ビラの各記載内容が、被告主張のように虚偽で悪意に満ち、読む者に誤解を与えるおそれのあるものであるか否かにつき以下検討する。

まず、当事者間に争いのない前記本件ビラの記載内容と成立に争いのない乙第一号証によれば、本件ビラの主たる内容は、原発の設置に反対する理由として、原発がいかに危険なものであるかということ(抗弁2(二)ないし(四)及び(九)ないし(一一)掲記のビラ記載内容)、原発を建設する必要性のないこと(抗弁2(八)、(一二)及び(一三)掲記のビラの記載内容)、原発の建設が電力の小口消費者の経済的利益にはつながらないこと(抗弁2(六)及び(七)掲記のビラ記載内容)を主張し、加えて原発が核の軍事利用に道を開くものであり、被告の従業員の多数が原発建設に反対していると述べ、被告の原子力準備本部の車両ナンバーを記載して、ビラを読む者に注意を喚起しているものであることが認められる。

(一)  すなわち、原発の危険性についての本件ビラの記載内容は、常に放射能がばらまかれる、大事故が起こらないという保障はない、漁場が完全に破壊されるとし、具体的には「山側の方が放射能が多く降る」、「大事故が起これば豊北町は全滅」、島根原発の社員は地元の魚を食べません」との見出しのもとに別紙(二)のとおりの記載をしているものであつて、原子力発電の仕組み、各設備の能力、防禦システム、管理体制の詳細につき十分な知識を有しない者が右記事を読むとき、とくに原発建設予定地の地域住民がこれを読むとき、その人々は原子力発電所では常に放射能で汚染された空気を排気筒から吐き出しており、原子炉のパイプ折損事故の防止措置、同事故が起こる可能性などを知らないまま、右事故により広島型原爆の一〇〇〇倍の量のいわゆる死の灰が降るというように、原発が現在すでに危険な施設であり、その被害が巨大なものであるとの認識、印象を持ち、恐怖心を抱くものであり、現に稼働している島根原発では被告の従業員は地元の魚を食べず、同所にいる限り子どもを産まないようにしているという記事や、本件ビラが被告の従業員である原告らによつて作成、配布されたことと相俟つて右認識などを強化するに至るものであるということができる。

しかし、<証拠>によれば、

(1) 放射性物質の外部への漏出防止及び放射能を帯びた各種物質の処理については、原子炉内でウラン燃料が核分裂した結果生じた放射性物質は、大部分はペレットの中にとどまり、ペレットから外部に出た少量の希ガスは被覆管の中にたまること、万一被覆管にピンホールが生じ希ガスが漏れたとしても、頑丈に作られた圧力容器でおおつているので、一次冷却材中に漏れた放射性物質は外部に出ないようになつていること、さらに、圧力容器の外側には鋼鉄製の格納容器という防壁が主要な原子炉施設を包み込んでおり、さらにその外側には、厚いコンクリートで作られた原子炉建屋があり放射性物質が外に出るのを防止していること、冷却材は閉じた回路の中を廻り、外に出ることはなく、また冷却材中の放射能を帯びることに至つた不純物は、途中浄化装置を通過することにより常時取り除かれること、原発で発生した放射能性物質のうち気体状のものは、放射能滅衰タンクや活性炭式希ガスホールドアップ装置により放射能を十分滅衰させ、フィルターにかけて粒子状物質を除いた後、放射性物質の量を測定して安全を確かめたうえで大気中に放出すること、液体状のもののうち洗濯廃液などの放射能レベルのきわめて低いものは、放射能を測定して安全を確かめた後冷却用水でうすめて海へ排出され、その他の液体は、フィルターやイオン交換樹脂でろ過、脱塩され、あるいはエバポレーター(蒸発濃縮装置)で蒸発濃縮され、その濃縮廃液はセメントなどで固化し、ドラム罐づめにされ、放射性固体廃棄物貯蔵庫に安全保管されること、固体状のもののうち、フィルター・スラッジや使用済イオン交換樹脂のような放射性レベルが高いものは貯蔵タンクで長期間貯蔵し十分滅衰させてからドラム罐づめされ、紙や布などのような放射性レベルが低い雑固体廃棄物は圧縮、焼却などして容積を小さくしてから同じくドラム罐につめ、放射性固体廃棄物貯蔵庫に安全に保管されること

(2) 原発の安全規制の面では原子力安全委員会が設けられ、また実用化された発電用原子炉は、後記認定のように通産省が設置の段階から運転開始後まで一貫して監督することになつていること、その他国際放射線防護委員会(ICRP)は、放射線をあびる量や放射性物質の濃度につき厳しく勧告し、我国の放射線審議会は右勧告に沿つて、公衆の許容被ばく線量は年間五〇〇ミリレム(医療、自然放射線を除く)と定めており、通常運転時に原発から出される放射性物質の放出管理については、その濃度は右基準に合致するのみならず、放射性物質の放出を実用可能な限り低くする方針がとられていること、昭和五〇年五月、原子力委員会により「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針」が定められ、通常運転時において原発から放出される放射能による公衆の被ばく線量の目標値を年間五ミリレム(全身)とし、我国の原発も右目標以下に押さえられていること、我国は電力会社に、原発の周辺の海底土、土壤、農作物、畜産物、水産生物などいろいろなものにつき放射線や放射性物質の濃度を、連続的にまたは一定の頻度で測定し監視するモニタリング(放射線監視)を義務づけ、不慮の事故に備えていること

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

また前掲各証拠を総合すれば以下の事実が認められ、証人清水英介の証言、原告山本宏本人尋問の結果中右認定に反する部分は右各証拠と対比しにわかに措信し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

(1) 天然ウランは、大まかにいえば、核分裂するウラン二三五と、核分裂しないウラン二三八の混合物であり、このうち燃えるウラン二三五は〇・七%にすぎず、九九・三%は燃えないウラン二三八である。原子爆弾は一挙に大量のエネルギーを発生させることが必要なため、ウラン二三五の成分比が一〇〇%近くに濃縮されているが、原発の場合は少しずつのエネルギーを長期間にわたつて取り出すのが目的であるから、天然ウランをそのまま用いるか、あるいはウラン二三五の成分比がせいぜい二ないし四%になるようにわずか濃縮すれば十分なのである。ウラン二三八は単に核分裂をしないばかりでなく、核分裂の急激な増加を妨げる性質を持つているから、軽水型の原子炉では、核分裂が増加して原子炉内の水の温度が上昇すれば、それにともなつて核分裂が押えられるという、原発原子炉自体固有の安全な性質がある。そこで、たとえあらゆる制御装置が働かなくなつても、原子爆弾のような爆発を起こすことは考えられない。

(2) 原子炉の運転中、仮に多量の放射性物質が燃料棒から一次冷却水の中に漏れ出たとしても、それが直ちに外部に出ることはない。そして一次冷却水中の放射性物質濃度の監視によつてその漏出の程度が知らされ、さらに、蒸気発生器細管の損傷などによる一次冷却系から二次冷却系への放射性物質の漏れについても、二次冷却系中の放射性物質濃度を監視するために設けられた検出装置によつて小規模のうちに検出され、原子炉停止などの措置が講じられ、その他事故につながる種々の異常についても、各種の自動監視装置による検出や定期検査などの点検により、早期に発見され、その対策が講じられることとなつている。

(3) 原子炉の保安装置としては、原子炉の緊急停止装置、フェイル・セイフ・システム、多重性、インターロック・システムが採用されている。

すなわち原子炉緊急停止装置は原子炉内の異常や外部の事故などにより原子炉を停止する必要が生じたときに、自動的に多数の制御棒が一度に入る装置であつて、万一、制御棒が働かないという場合でも中性子を吸収するポロン容液を大量に注入する装置などのバックアップ停止装置が働くことになつているものであつて、これにより原子炉の停止は確実に行なわれるものである。フェイル・セイフシステムは、これにより、システムの一部に故障があつた場合でも、安全が確保されるように設計されているものである。多重性とは、一つの機能を果すために多数の設備が互いに分離独立して設けられ、一つの設備に故障があつても、他の設備が作動することによつて、その機能が果し得るようにセットされていることをいい、インターロックシステムは、仮に運転員が誤つて制御棒を引き抜こうとしても、それができないように、誤つた操作による事故を防止する機能を有するものである。

このような安全装置に加えて、一次冷却系主配管の瞬間的ギロチン破断による一次冷却材喪失事故及び蒸気発生器細管が瞬時に破断して冷却材が原子炉容器から流出してしまうような通常起こり得ない事故を想定して、非常用炉心冷却装置(ECCS)が設けられている。これにより原子炉を水漬けにし冷却するとともに、格納容器スプレー系によつて、格納容器内に漏洩した蒸気を冷却、液化して格納容器内の圧力を下げ、気体状となつている放射能を大幅に減少させ、それでも残留している気体は非常用フィルターを通してさらに放射能を低減させることになつている。

(4) 原発の設置地点は、活断層地帯を避け、原子炉本体など重要な構造物はすべて強固な岩盤に直接固定させ、また、原子炉、一次冷却系機器、原子炉格納施設などの安全上重要な施設は、建築基準法で定められている一般建物の設計地震力の三倍の地震力に対しても安全であるような設計され、さらに、原子炉は一定の大きさ以上の地震の場合、直ちに自動的に停止するようになつている。

(5) 原発の建設については通産大臣が、原子炉等規制法に基づき原子炉の設置許可及び電気事業法に基づき電気工作物の設置許可の権限を有し、右許可は、通産省が原子炉の安全性について十分に安全であることを確認し、さらに、原子力委員会と原子力安全委員会の意見を聞いた(ダブルチェック)うえでなされる。そのうえ、工事を始めるためには、発電所の設計の詳細と工事の実施方法についての国の許可を受けることが必要で、国はその後も原発が設計どおり作られ、予定どおりの性能を発揮できるか、原子炉の基礎や建屋、原子炉設備、放射性廃棄物処理設備、タービン、発電機などの発電所の各施設、また、それぞれの機械、器具の溶器部及び燃料体について工事の工程ごとに厳重な検査を行なう。また、完成後も、毎年一回定期的に国の検査を受け、安全上の機能をもつていることが確認されなければ運転を続けることができないこととなつている。

(6) 原子炉主任技術者は、国家試験に合格した者でなければならず、また、社内組織、原発運転の手順、監視、運転停止の条件、放射性廃棄物の方法、環境放射能の測定、社内検査のやり方など、安全運転上必要なことを記載した保安規定を作成し、国の許可を受けなければならず、国は右規定が十分守られているかを常に監督することとなつている。

以上の事実が認められる。

<証拠>によれば、蒸気タービンを回した蒸気を復水器で冷却した海水は温排水として原発から再び海に放出されるが、この温排水は放水口付近の水温より摂氏七度程度高い温度であること、この温排水は比重が軽いため浅い海域に広がり、海水が摂氏一度上昇する範囲は、数十万Kw級の出力の原発で放水口から約一キロメートルであること、通産省等も温排水の影響を詳しく調査するとともに、反面、冷たい水を取水する深層取水や放水口の設計に工夫して温排水の影響を極力少なくするよう努力されていること、現在日本にある原発では温排水を利用してアワビ、マダイ、車エビ、ハマチ、アコヤガイ等の養殖に力を入れていること、福井県三方郡美浜町にある美浜原発では、プランクトンの量が減少するといつた著しい変化はみられず、発電所近くにある定置網でとれる魚には温排水による影響は現われていないこと、サザエ、ウニなどの磯根資源については、放水口のごく近くの表層水温が摂氏三度以上昇温する区域に限つて温排水の影響がみられること、美浜町では原発建設後も漁業は従来通り続けられており、昭和五三年夏も数十万人の海水浴客や釣り客がここを訪れていることが認められ、証人清水英介の証言、原告山本宏本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

また、原告らは、電力会社が原発の建設にあたり漁民に対し漁業補償金を支払つており、これはまさに漁場が破壊されていることの現われであると主張するが、証人新幸治及び同野口源吾の証言によれば、発電所建設にともない、冷却用に海水を取り入れたり、それを放出する取水設備、放出設備や、発電所を防護する防波堤を作らなければならず、そのため最少限度の範囲で漁業権を消滅させることから、また、温排水を放出するため放出口から沖へ約一キロメートルあたりの海域に何らかの影響が出ることをおもんばかつて漁業補償が支払われていること、また、この補償は原発建設だけでなく、石油火力、石炭火力発電所を建設する場合にも支払われていることが認められ、この事実によれば、漁業補償金を支払つていることから直ちに漁場が破壊されていることを推認することはできず、原告らの主張は理由がない。

さらに<証拠>によれば、本件ビラのうち「島根原発の社員は地元の魚は食べません」との見出のもとに記載されている内容も事実とは異り、島根原発の社員及びその家族は、地元の漁協から仕入れて売りに来る行商から地元でとれた新鮮な魚を買つて食べ、中には原発の構内で釣れた魚も食べていること、島根原発の社員の家庭で昭和四八年四月ころから同五三年四月ころまでの五年間に生まれた子供は約六五人で、これは全国平均の約二倍で、しかも地元の女性と結婚した社員は一〇人以上おり、同五三年四月当時既に三人の子供が生まれていることが認められ、<証拠>中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定してきた核燃料の成分、原子炉及びその格納施設に備えられている検査、発見装置、安全確保及び事故防止装置、放射能帯有物質の処理、原発建設に関する許可手続、許可後建設中及び運転中の各安全管理体制などの各事実に照らせば、本件ビラにおいて原告らが記載している記事のうち、原発からは常に放射能が排出されているとか、漁場が完全に破壊されるとか島根原発の社員は地元の魚を食べないなどという部分は事実に反するものであり、大事故が起こらないという保障はないとか大事故が起これば豊北町は全滅するという部分も右認定にみるように現にとられている、原発のパイプ折損事故を含む事故発生の防止措置及びその発生確率などについて何ら触れるところがないため、その被害のみが一方的に拡大された記事となつて、徒らに読者の恐怖心を煽る結果となつているものである。

(二)  ついで、原発を建設する必要性のないとの主張の根拠としての本件ビラの内容は、「エネルギー危機は作り話である、電力不足はウソである」とし、「石油は三十年で無くなるのか」、「電力は本当に足らないのか」との見出のもとに別紙(二)のとおり記載しているものであつて、右記事によつて、その読者は現在我国では原発を建設する必要性はないとの認識あるいは少なくとも必要性はないのではないかとの強い疑念を持つことが十分予測されるものである。

しかし、<証拠>によれば、人類が利用できる石油資源、すなわちその究極可採埋蔵量は約二兆バーレルで、そのうちの二〇%近い三四〇〇億バーレルを生産、消費してしまつており、残りは一兆六六〇〇億バーレルであるが、一九六三年から一九七五年の生産量の伸び率七・四%で今後とも生産を増加していくと、二〇〇二年には堀(ママ)りつくしてしまい、仮に伸び率を二・五%に抑えたとしても二〇二〇年にはなくなること、現在確認されている埋蔵量は六六〇〇億バーレルで、残りの一兆バーレルは未発見であり、発見が困難であるのみならず、その相当分が極地など油田開発が困難な地域にあり、技術的にも、コストの面でも採掘が難しいこと、一九七五年における確認埋蔵量の六六〇〇億バーレルをその年の生産量で割つた、いわゆる可採年数は三三年であるが、今後とも生産量が新親発見量を上廻る状態が続くと予想されるので、可採年数は次第に低下していくと考えられること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

また<証拠>によれば、太陽電池は、地表へ到達する太陽エネルギーが希薄(我国の場合、年平均約一六〇W/m3)であるため、エネルギーとして取り出すにはある程度の面の広がりが必要であり、季節的変動、気象的影響を受け易く、日中しかエネルギーを得ることができないという欠点を持つていること、太陽電池として一番有望視されているシリコン太陽電池も光電転換効率が一〇ないし一二%と低く、また超高純度シリコンの製造には膨大なエネルギーが必要とされるため、太陽電池の価格が一Kw当たり三〇〇〇ないし五〇〇〇万円となり、原発の一Kw当たり一五ないし二〇万円に比し非常に高価となること、通産省がサンシャイン計画の一つとして取り組み、昭和五六年には香川県仁尾町に曲面集光方式とタワー集光方式の二方式による合計出力二〇〇〇Kwパイロットプラントを建設し、運転していた太陽熱電池の研究開発は、電気への変換効率が悪く、我国では商業化はメリットがないとして、昭和五八年度で打ち切ることを決定したことが認められ、反証はない。

してみると、本件ビラの前記内容のうち「エネルギー危機は作り話である、電力不足はウソである」、「(石油が三十年でなくなるという)三十年説には何の根拠もない」、「原発と同じ位の費用をかければ、(安全な)太陽熱発電が可能となります、太陽熱ではウランや石油が売れなくなつてもうからないから、本気でやらないのです」との記事は、事実と相違することをあたかも真実であるように断言し、右記事をもつて読者をして原発が不要なものであると誤信させようとするものというべきである。

ただし、被告が主張する抗弁(一三)記載の事実、すなわち本件ビラの内容のうち「計画どおり原発が動いても石油の三パーセントにしかならない」との見出のもとに記載されている内容が虚偽で悪意に満ちたものであると認めるに足りる証拠はない。

(三)  また、原発の建設が、住民など電力の小口消費者の経済的利益にはつながらない理由として、本件ビラには、「電気料金が高くなる」との記事があるが、これは本件ビラを読む者に原発の発電により、必ず電気料金が高くなると即断させるおそれの十分にあるものであるところ、<証拠>によれば、昭和五七年度の発電所の初年度送電電端発電原価は、一KwH当たり一般水力は二〇円程度、原子力は一二円程度、石炭火力ら一五円程度、LNG火力は一九円程度、石油火力は二〇円程度(バックエンド費用のうち、原発から出る使用済み核燃料の輸送費及び再処理費用を含む)であり、原子力発電原価は他に比べて低いこと、これら各種の火力発電の発電原価に占める燃料費の比重は、原子力発電が二五%程度、石油(ママ)火力が八〇%程度、LNG火力が七五%程度、石油火力が五五%程度であり、一次エネルギー源のほとんどを輸入しており、石油ショックにより石油、LNG、石炭価格の上昇を引き起こした日本としては、原子力発電の方が相対的に安くなること、発電所建設単価は一KwH当たり一般水力六〇万円程度、原子力二七万円程度、石炭火力二〇万円程度、LNG火力一七万円程度、石油火力一三万円程度となり、原子力は一般水力に次いで高い値となつているが、それでも前記のとおり発電原価は一番低くなつており、また、建設単価が高いのは、建設期間が三、四年程度の火力発電に比べ、六年程度を要する原発の場合、建設中の利息が膨らむことにも大きな原因があり、これは機器の標準化や工程の改善等により建設期間の短縮を図つていくことが可能であること、バックエンド費用のうち前記再処理費用を除いた、物理的耐用年数を経過した原発の廃炉費用、低レベル、高レベルの放射性廃棄物の処理、処分費用を正確に見積ることは難しいまでも、これらが原子力発電コストに占める割合はわずかであると推定されることが認められ、右認定事実によれば、本件ビラの前記内容は、何ら根拠のない虚偽のものであるということができる。

(四)  以上(一)ないし(三)で認定、判断してきたように、原発の危険性、原発建設の必要性のないこと、その建設が住民など小口消費者の利益とはならないことにつき記載されている本件ビラの各前記内容は全く事実に反する虚構の事実であり、その程度も、原告らが被告の従業員であつてみれば、原告らは本件ビラ作成に関与する以前にすでに虚偽であることを知つていたか、あるいは調査をすれば容易に真実を知り得たはずの事柄について、「島根原発の社員は魚を食べない、他に転勤するまでは子どもを生まないようにしている」とか、「原発の排気筒からは放射能で汚染された空気を吐き出すためのものである」などと、ことさら虚偽の事実を記載していること、さらに、原告らは、被告の従業員として、少し努力すればたやすく前(一)で認定したような現実の原発の事故発生防止措置や、原発の発電による電気料金と他の発電施設の発電によるそれとの比較をしうる情報や資料に接することができたのであるから、敢えてその労をとらなかつたか、あるいは前認定の各事実を知つていたかはともかく、自己の主張に反する事実について本件ビラに何らの記載をしない方法をとることにより、読者に誤解や恐怖心を抱かせていることと、前記虚構の各事実が本件ビラの中で占める部分、見出しなど、その体裁を併せ検討すると、極めて悪質なものであるといわなければならない。

3  すすんで、本件ビラ配布による影響についてみるに、<証拠>によれば、被告は、本件原発を豊北町に建設する計画を立てて以来、長期間にわたり関係団体、住民等に対し、原発に対する理解を深めるべく説明会を開き、個別に説明してその説得にあたつてきたが、本件ビラが配布されたことにより、地元住民、行政関係者、及び地元関係団体から被告山口支店または山口原子力準備本部に対し、中国電力の原発推進のあり方、原発に関する説明等に対し不審を抱くようになつたとの、また、地元住民だけでなく、他の原発建設予定地の住民にも強い不安感を与えたとの抗議が相次ぎ、被告に本件ビラ配布行為に対する断固たる措置をとる旨の要望が寄せられ、本件ビラ配布により、山口原子力準備本部において、関係住民等との対話訪問活動が極めて困難な状況になつたため、被告は、社達六四号を発して、改めて原発建設の方針を再確認し、これに対する従業員の協力を訴えねばならなくなつたことが認められる。

4  これら、前2及び3において認定した事実及び判断を総合すると、前記のような虚構の事実を記載した本件ビラ配布行為は、被告が主張する本件ビラのその他の記載内容の真偽や相当性につき検討を加えるまでもなく、発電及び電力の供給を主とする被告の円滑な企業運営を阻害するものであつて、前1において説示したところから被告の従業員が被告に対し負う企業秩序遵守義務に違反し、仮に右配布行為が組合活動としてなされたものであつても、もはや正当な組合活動として保護されるべき性質のものではないというべきである。

5  そして、本件ビラの企画、作成、配布などへの原告らの関与は、<証拠>によれば、原告山本は電産労組山口県支部委員長として原告平川は同支部副委員長、防府分会委員長として、原告富本は同支部書記長として、原告星野は同支部副委員長、小野田分会委員長として、いずれも本件ビラの発行、配布の企画、決定、実行にあたり指導的役割を果したこと、原告吉牟田、同植木、同中村は、昭和五三年三月一五日被告が本件ビラ配布をしないよう警告したにもかかわらず、同月一八日これを無視して配布したことが認められ、原告山本宏の本人尋問の結果によれば、配布された本件ビラは約八〇〇枚であることが認められる。

してみると、原告らの右各行為は、それぞれ被告の就業規則六四条一項三号、四号に該当するものである。

三そこで、再抗弁1(憲法一九条、二一条、民法九〇条違反)について検討する。

憲法一九条の保障する思想及び良心の自由、同法二一条の保障する言論、その他の表現の自由は、民主政治の基盤をなす基本的権利であつて、みだりに制限すべきものではないことはいうまでもない。しかも、原告らが、一般労働者、一住民として、就業時間外に職場外で自己の思想を外部に表明する表現の自由を有し、文書活動の自由を有することはいうまでもない。

ことに、原告らが発行、配布した本件ビラによつて表現しようとしているところは、原発の安全性や環境汚染、原発の経済性等に関するものであつて、それは原発企業で働く労働者の安全問題であるに留まらず地域住民の生活、環境保全にかかわり、また国民的課題でもある。

したがつて、これらに関する原告らの意見の表明並びに文書活動は、原告らの主張するとおり自由であるといわなければならない。

しかして、従来から、原発の危険性に関する問題は広く一般に論議されているところであり、諸外国での事故や我国における若干の事故の発生に鑑みると、原発の持つ危険性或はその問題点を指摘し、企業にその安全性の確保を促す正当な意見の表明の自由はそこで働く労働者の場合も尊重されなければならない。

しかしながら、右で述べた被告の被傭者である原告らの就業時間外に職場外で行なう文書活動の自由が、被告との間において、常に一般労働者、住民のそれと同様の法的評価を受けることを意味するものではない。本件ビラの作成、配布が前記目的をもつてなされたものであつても、本件のように故意に虚偽の事実を記載したビラを作成配布して被告の企業活動を妨害する行為が憲法一九条、二一条の保障の埓外にあることはいうまでもなく、したがつて被告において右行為が企業秩序に違反することを理由として、原告らに制裁を課すことは何ら憲法の右各条項並びに民法九〇条に反するものといえないことは明らかである。

四再抗弁2(不当労働行為)について

前記のとおり、本件ビラは虚偽と悪意に満ちたもので、その配布により被告の業務に重大な支障を来したものであるから、原告らの本件ビラ発行、配布行為は正当な組合活動といえないことが明らかであり、これを懲戒事由とする本件懲戒処分を、原告らが主張するような不当労働行為であると断定するに足る証拠はなく右主張は、到底採用することができない。

五再抗弁3(懲戒権の濫用)について

懲戒事由に該当する事実があると認められる場合に、懲戒権者がいかなる処分を選択すべきかについては裁量が認められ、当該行為との対比において甚しく均衡を失する等社会通念に照らし合理性を欠くものでない限り、懲戒権者の裁量の範囲内にあるものとしてその効力を否定することはできないのであるが、本件懲戒処分が右裁量権の範囲を逸脱したものであることについては何ら具体的な事実主張がなく、またこれを認めるに足りる証拠もなく、 むしろ、前二認定の事実と前記争いのない原告らに対する本件懲戒処分の内容とを彼此対照すると、右裁量の範囲を越えたものではないということができる。

六叙上の認定、判断によれば、本件懲戒処分には、原告らが主張する無効事由はなく、有効であるから、原告らの本件懲戒処分無効確認の請求は理由がなく、また、右処分が無効であることを前提とする原告らの賃金及び慰藉料の各請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないものといわねばならない。

よつて、原告らの本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(大西浅雄 岩谷憲一 木村元昭)

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